今の時代にあえてMT専用グレードを展開する狙いとは何なのか。開発陣が「理想的なMT車」と語るこの新型モデルに試乗した記者が、その背景と走りの魅力に迫った。
ルーツは1974年の「シビック1200RS」
「RS」の名前に聞き覚えのある人もいるだろう。1974年に登場した「シビック1200RS」は、当時としては珍しい5速MTと高出力エンジンを搭載したスポーツ仕様だった。F1での活動を経て、ホンダのスポーツ精神を市販車に投影したモデルとして注目を集めた。ディスクブレーキやラジアルタイヤを備え、「速くて楽しいクルマ」として好評を博したが、米国の排ガス規制への対応で1975年には短命に終わった。
その後も受け継がれた「RS」スピリット
ホンダは2000年代に入っても「RS」の名を大切に使い続けてきた。フィット、ジェイド、ヴェゼル、N-ONEなど各モデルにRSを設定し、単なるスポーツグレードに留まらず、日常での走りの楽しさを追求する姿勢を示してきた。一般的に「RS=レーシングスポーツ」とされるが、ホンダにおいては「ロードセーリング」の略として、快適で軽快な走りをイメージさせるブランドとなっている。
シビックRSの開発に込めた意図
開発責任者である明本禧洙チーフエンジニアは、「RSはロードスポーツの楽しさを象徴するモデル」と語る。タイプRがサーキット走行まで視野に入れた本格スポーツカーである一方、RSは一般道で気軽にドライブを楽しむための位置づけだという。
「タイプRが究極のMT車ならば、その下にもっと気軽に乗れるMTモデルがあってもよいと考えました」と明本氏は語る。実際、従来の「EX」や「LX」グレードに用意されていたMTは、スポーティさに欠けるという声もあったという。これを受け、RSでは細部にわたるチューニングで運転感覚を磨き上げている。
フライホイールの軽量化など、徹底した調整
特筆すべきは、フライホイールを軽量なシングルマスに変更し、慣性を30%軽減させたことだ。これにより、エンジンの吹け上がりが一段と軽快になり、ドライバーの操作に対する反応も向上している。また、MTのシフトノブは丸型で、操作性に優れた設計となっている。
トレンドに逆行する魅力
近年はSUV人気が続き、MT搭載車の市場は縮小傾向にある。それでも、ホンダは「クルマ好きがMTを楽しむ」という原点を忘れず、あえてセダンにMTを設定した。ユーザーの声に耳を傾け、走る楽しさを追求する姿勢は、他メーカーとは一線を画す。
シビックRSは、MTの本来の魅力を再発見できる1台として、クルマ好きを惹きつける存在となるだろう。ホンダのスポーツマインドとこだわりが詰まったこのモデルに、改めて注目が集まっている。